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1944年2月28日生まれの日高晤郎さんがガンで亡くなりました。(2018年4月3日午前10時50分頃74歳没)
日高晤郎さんは、ラジオパーソナリティーとして北海道で有名でした。
日高晤郎ショーは3月24日のラジオ放送が最後になりました。
本日4月3日に晤郎さんがガンで亡くなられたとの訃報を聞き、久々に心の底から泣きました。
今日はラジオも、心なし寂しい感じに見えます。
私は決して晤郎さんの熱狂的なファンではありませんでしたが、急な訃報に悲しみがこみあげてきました。
病状の事や、闘病の辛さをラジオからは察する事が出来ませんでした。
リスナーを心配させないため、話しのプロとして仕事をしていたんだと思います。
仕事の合間に日高晤郎ショーを聞く程度でしたが、それでも、たくさんの元気をもらってきたことに今日気が付きました。
もう、日高晤郎ショーというラジオ番組が聞けないと思うと、涙が止まりませんでした。
晤郎さんが亡くなられて、悲しみに心打ち裂かれそうな気持になっている方もいると思いますが、
笑顔で晤郎さんを送り出してあげませんか?
私も、もう泣くのは止めました。
何年かぶりに、本気で泣きましたが、悲しんでばかりいては、晤郎さんも安心してあの世にいけません。
晤郎さんがよくおっしゃっていた事に、「人と会う時の最高のプレゼントは上機嫌でいる事」でしたよね。
今は悲しい時ですが、まさに今が上機嫌で晤郎さんと最後のお別れをするのが、晤郎さんが一番喜ぶ事だと思います。
「しけた通夜や告別式はすんなよ」って晤郎さんの声が聞こえてきそうです。
「舞台の上で死ねれば本望」、口で言うのは簡単ですが、実際にストイックに長くそれを実行してきた晤郎さんを尊敬しています。
土曜日のSTVラジオ、日高晤郎ショーはあって当たり前の存在になりすぎて、ちゃんと聞けていませんでしたが、今はそれが少し後悔です。
私がまだ20才代のころより晤郎ショーを聞き、仕事で失敗したり現場で理不尽な扱いを受けて挫折しそうな時に、晤郎さんのラジオを聞いていて何度救われた事でしょう。
最期の最後まで、晤郎さんの職人(芸人)としてのプライドと仕事感を長年みてきて、いろいろな意味で私も生き方に方向性が作れました。
悟郎ショーを聞いていると、つい忘れがちな感謝の気持ちや、何で生かされているのか、何を生業で生きているのか、そう言う事を思い出させてくれるんですよね。そして、くさらず言い訳をしない、ひたむきに芸の肥やしを探求し続ける悟郎さんをみて、自分も頑張らなくてわと自然に思えてくるんです。不思議ですね、基本的にバラエティー番組なのに、人生の生き方を事をサポートしてもらっている番組でした。
晤郎さんは、わりとはっきりモノ申すタイプで、アンチ派も一時は多かったと思います。
私も晤郎さんに対して「それは違うだろう」って思う時も多々ありました。
しかし、彼が怒るときには、裏には愛があるんですよね、当事者にも関係者にも。
番組中にアシスタントやスタッフに本気で文句を言う時もありましたが、結局はその人を思ってのことなんです。
意見の相違はあれど、プロ(職人)としての生き方を教えてもらえる番組でした。
晤郎さんは、実は自動車の運転は、自ら行わないんですよね。
別に車のCMに出てる訳ではないのですが、事故を起こすと、局の皆様やスポンサーさん、なによりリスナーを悲しる事になるので避けていたんですよね。
本当に色々な意味で晤郎さんはプロだと思います。
何かを手に入れるには何かを諦めなくてはいけない時がある。
そんな事を、色々と教えてくれる番組でありました。
毎週あるのが当たり前になっていた「日高晤郎ショー」がなくなり、リスナーもショックを受けていると思いますが、晤郎さんは上機嫌で皆に見送ってほしいと思っているはずです。
私も、もう泣くのは止めました。
晤郎さんが、あんまりダイレクトに自分の考えを話し、局の上司の方やスポンサーさんからクレームや物言いがついた事も多々あるとか、それでも晤郎さんの番組作りの気持ちをくみとって、ここまで「ウィークエンドバラエティー日高晤郎ショー」が続いたのは、番組のスタップさんやプロデユーサーやスポンサーさんも、晤郎さんの生き方に惚れていたからだと思います。
ここまで番組を続けてきた番組関係者さんやスポンサーさんに、感謝しています。
そして、晤郎さんありがとう。
私が20才代の職人としてかけだしの時から、勇気と笑顔を「晤郎ショー」でもらえました。
私の心の中では晤郎さんは生き続けています。
晤郎さんがエンディングで歌う「街の明かり」が本当に好きでした。
ゆっくりとお休み下さい。
ご冥福をお祈りいたします。
1リスナーより
ごめんね晤郎さん
今日も「晤郎ショー」を思い出したら涙が出てきました。
35年間9時間生放送お疲れさまでした。
STVの皆様、スポンサーの皆様、お疲れさまでした。
晤郎さんの生き方、これは私の心の中で生き続けます。
本当にありがとうございました。